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かうんひぶんそうけん

公開日: 投稿者:伊井信之助 未分類

テストが終わった。一年を締めくくる最後のテストが終わって気持ちの軽い僕は、大学校舎内四階の隅っこの休憩スペースでスマホをいじっていた。そこに先生がやってきて、なんだかんだとうんちくを垂れる。うなずいていただけだったけど先生の気が乗ってしまって話がだんだん大きくなる。先生はなんとかっていう偉人の人生訓みたいなのを残して去っていった。いささか疲れて、僕は三階に移動した。隠れ家感は薄いが、三階にも同じようなスペースがあった。三階は生徒たちが多くて騒がしかった。僕は机についたら突っ伏して寝てしまう。

 

起きたら四時半だった。サークルの絶対参加の集会を休んでしまったことに気づき、焦る。集会はもう終わっているだろう。困ったことになった。最近真面目に参加していないサークルの現状を反省し、僕は重い気持ちになった。申し訳なくもあり、情けなくもあった。いつまでもそこにいてもしょうがないので僕は荷物をまとめて一階に降りる。

 

……

 

気づくと、僕は電柱みたいなコンクリート柱にしがみついていた。周りを見てみる。薄暗くてよく見えないが随分と高いところにいるようだ、下は暗くなっていて見えない。深い谷底を覗き込んだ時のようだ。不思議なのは、このコンクリート柱の下端が見えてしまっている、つまり地面に着いていないことだろうか。となりを見てみると非常に大きな木が生えている。幹の太さは二メートルぐらいあるんじゃなかろうか。黒々とした幹をしている。ツリーハウスがつけれそうだった。幹の真ん中あたりに大きな枝を切ったあとがあった。切られた後の醜い傷跡。僕は目をそらす。上の方を見ると木から枝が広がり、青々とした葉が茂っていた。僕のしがみついている電柱の先端が枝に絡み取られているのが見えた。柱が今まで揺れていないところを見るに相当がっちり固めているんだろう。コンクリート柱は浮いているのではなくぶら下がっているのだった。反対に目をやると、月が出ていた。今は夜だった。薄暗いのに納得した。そしてもう一度下を見てみると、やはり闇が支配していた。コンピューター・ゲームの立ち入り禁止区域みたいに見えなくなっている。コンクリート柱は浮いているが、木は下の方まで、少なくとも見える範囲では、続いているのが見えた。僕は何か確信を得て、コンクリート柱を強く抱いて、砕こうとする。実際それはぼろぼろと砕けた。軽石みたいだった。表面を砕くと下からは厚い帯状の布が出てきた。柱の芯?をぐるぐると巻いているようだ。表面のコンクリートを砕くと、包帯が解けて垂れ下がった。「そういうことだな」僕は理解し、次の部分を砕く。また垂れ下がる。さらに下を砕くまた下がる。…僕の姿はプレイエリア外の闇に消えていった……。

 

紐の下端から飛び降りる。大した衝撃もなく、板張りの屋根に降り立った。木造建築の屋根? そのようだ。無尽蔵に増改築を繰り返し続けたお屋敷みたいな建物で、あちこち出っ張ったりヘコんだりしている。城のようなスケールで、ただ、ボロボロだった。遠目に見てもわかる補修跡、ツギハギがたくさんあった。築うん十年の安い建物みたいだ。僕のいる部分は木造だったが、ほかにコンクリートで出来ている部分も見つかる。木を適当に組み上げて作ったような外観かと思えば、コンクリートを綺麗に固めたような四角い部分もあった。ところどころに見える窓は白くくすんでいて建物内は見えない。

屋根に登ることを想定しているのだろう、屋根の一端に柵がついている。柵も錆びていてところどころ赤茶けたサビを露出させている。触りたくないタイプのサビだ。

柵から景色を眺めて見るに、僕のいるところは多分四階ぐらいの高さだろうと思われる。城自体はもっと高く、七、八階までありそうだ。いつか見た大阪城もこのくらいの大きさだった気がする。

太陽が昇っていた。上り具合を見るに十時頃だ。夏だった。湿っぽくなくて、爽やかな、理想化された夏。空は青かった。建物から見て右手に、僕のいる屋根から廊下が続いていた。正確に言うと、屋根の上に屋根をつけて、柵をつけて、廊下と言い張るようなもの。屋根といってもプラスチックの波板だから光が入ってきて明るかった。やっぱり屋根は修理跡だらけで、柱は錆だらけだった。黄ばんだプラスチックが柔らかい光を投げかける。赤いサビと青いトタン。パステルカラーでカラフルだった。僕は廊下を進んでみる……。

女の子がいた。肌の白い、可愛い女の子。黒くてつやつやした髪を長く伸ばしている。彼女は僕に気が付くと、にこりとほほえんだ。きれいな瞳をしている。僕が足を止めると、彼女は僕に近づいてきて、僕の手を取る。「」。彼女は何か言って、僕の手を引いていく。何と言っていたかは記憶にない。僕は上の空で返事をして、彼女に引かれていく。廊下を進んでいく。僕らは突き当たりで左に曲がって、僕らの姿は見えなくなる。

屋根から屋根へ渡り歩いて、下って、エアコンの室外機を踏み台にして屋根から降りると、やっと地面に足をつけられた。正真正銘の土だ。女の子は城から下りる案内をしてくれたのだった。彼女はまだ歩いていくので僕もついていく。城の前には畑が広がっていた。ネギ、人参、ウリ、油菜。それぞれの畑が並び、若緑の葉を広げている。大きなビニールハウスも建ち並んでいる。ぶどうだとか、南国の木だとか、見慣れぬ色形の草々。その真ん中にビニールハウスでできたアーケードがある。ビニールハウスの両端を切って繋げた構造物。ここでもビニールは淡い光を投げかけている。

今まで気にしていなかったが、彼女は体操服を着ていた。中学生高校生が着るような、上は白で、下は紺の半袖。靴は青いスニーカーだった。大人っぽい顔つきに服装が似合ってなくて少し不格好だった。農家特有の黄色い土は歩くとじゃりじゃり音を立てる。僕らはアーケードに入った。

アーケードの中は何もないわけではなく、シダのような植物や、サボテン、多肉植物の鉢植えなんかが真ん中の道だけ開けてたくさん置いてある。あまり日が当たると枯れてしまうから中に入れているんだろう。水をやられたばかりのようでみずみずしく水滴が光っていた。手入れされているみたいだ。すこし蒸し暑かった。

しばらく行くと、誰かがカゴに入れられた苗に水をやっていた。年の行った女性のようだ。もんぺ、サンバイザー、タオルなど、いかにも農家といったいでだちだった。その人はこちらに気がつくと手を振った。

「おばあちゃーん!」

僕を案内してくれた女の子は大きく手を振り返した。どうやら彼女のお婆ちゃんらしい。女の子はおばあちゃんの元へかけていった。僕も遅れて着いていく。

「元気にしてた?」

「うん、してたよ」

「何やってるの?」

「畑の水遣りさ」

「ふうん。これなんの苗?」

「枝豆や」

女の子がお婆ちゃんを質問攻めにする。

「じいちゃーん!きたよ!」

話を遮っておばちゃんが大声で言った。すると今度はおじいさんがひょっこり顔を出した。おじいさんも農家スタイルだ。

「おお!ようきたな!今畑の水やりやっとんがや!いいとこ来た!ちょっと手伝うてくれや、そこの兄ちゃんも!」

「えっ、は、はい」

声の大きいおじいちゃんだ。水やりを手伝うことになった。

「あんたらは二人でここからあっちまで水をやってくれ」

とおばあちゃん。僕と女の子の仕事が決まった。

僕らは二人で水やりをした。ジョウロに水を汲んで、端から順に水をやっていく。おじいちゃんおばあちゃんはどこかほかの場所に水やりに行って、また二人きりだ。僕らは何も言わなかったが、僕が彼女の方を見ると、彼女はほほえみ返してくれた。何も言う必要はなかった。

僕らはせっせと水をやった。苗を次から次へ濡らしていく。それらが全て終わる頃ちょうどおばあちゃんが来て、今度は苗の移動を頼まれた。彼女は苗の入ったカゴを持つが、重かったのか、ふらついた。僕が心配になってそっちを向くと、「えへへ」と笑う。僕はその重い苗を彼女の手から奪って、案内するお婆ちゃんについていく。アーケードは一本道ではなく案外複雑な道。はぐれないようについて歩く僕らは家鴨みたいだったろう。

仕事が終わり、四人で集まって休憩する。アーケードの一角に冷蔵庫や机、椅子が用意してあった。おじいちゃんは「疲れたろ、アイスあるぞ!」と言って冷蔵庫を指差す。僕が冷蔵庫を開けると、アイスクリームがあった。「あかんぞ!先に綺麗にせんと!」おじいちゃんはそう言って地面に水をまく。僕もホースを持って水をまく。水がはねて女の子にかかりそうになった。「キャッ!もう!」彼女ははねて避ける。わかりやすくふくれっ面をする彼女に、僕は再度水をかけんとする。また彼女がはねる。しばらくそんな遊びに興じた。

地面は洗われ、アスファルトが顔を出した。

「もういいよ、そのへんで」

おばあちゃんがいう。

「ほんとよく働く子やわ。うちに嫁に来て欲しいくらい」

わかりやすい農家ジョークだ。僕は「いやいや」なんていう。おじいちゃんがアイスを持ってきて、アスファルトに置く。女の子がしゃがんで、アイスを丸く取り分けてくれる。僕もしゃがんで受け取る。受け取ったアイスを舐める。幸せな心地がした。女の子も並んでアイスを舐める。彼女のほほにそばかすがあるのが見えた。彼女は食べ方が不器用で、溶けたアイスがたれそうだった。そんなところを僕が見ると、こっちを見てやはりほほえむ。アイスがたれた。僕は笑った。

「そういえば、まだ名前も聞いてなかったね」

ふと思って、僕は言った。彼女はこくりと頷いて、言った。

「かうんひぶんそうけん」

「えっ」

僕は思わず彼女の顔を見る。

「わたし、かうんひぶんそうけんっていうの」

聞き慣れぬイントネーションで、どこか嬉しそうに、彼女は名乗る。聞き取れた言葉だけ集めれば「かうんひぶんそうけん」だが、明らかに外国語だったのでなにか抜けているかもしれない。その音だけが深く耳に残った。僕はといえば、いきなりの外国名に戸惑い「えっちゅ、中国系だったの!?」などと意味不明に口走って、頭を抱えた。ただでさえ名前を覚えるのが苦手な僕は、外国の名前を覚えるという高いハードルに動揺した。

彼女を見るとにこりと微笑んで、

「かうんひぶんそうけん」 と言った。

「かうんひぶんそうけん」 僕はもごもごと繰り返す。

 

その瞬間、僕は目が覚めた。時計は六時四十五分を指す。大学のテストが終わったのはもう二週間前になりつつあるし、サークルの会議は明日だった。全て夢だったのだ。

しかし、

「かうんひぶんそうけん」

あの異国の名前は耳から離れず、瞼の裏の彼女はやはりほほえんでいた。

 

おわり

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