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2度目の告白 事件編

公開日: 投稿者:たけしあかまつ 未分類

プロローグ

 

 

夏、深夜の山中、新品の青い制服を纏った男性が地面に四つん這いになっていた。右手に握り締めたナタから伝わる微細な震えが男を興奮させる。

男は自然と瞳を閉じた。彼女との楽しい思い出が脳内にフラッシュバックしてくる。初めて会ってくれた時に見せたあの笑顔、毎日のように親身に接してくれたし、色々なところに連れて行ってくれた。記憶に酔いしれ口を歪ませながら瞳を開けると頬を真っ赤に腫らした彼女の顔が視界に飛び込んでくる。

意識朦朧としていて綺麗だった黒髪は薄汚れて取り散らしており腫れた蒼い目は男に焦点が合っておらず、あざだらけの身体をさらしていた。男性は自分の体を起こし全身の力を抜くように生暖かいため息をつき、ナタの刃を向けた。女性は本能的に体を縮こませ悲痛なうめき声をあげる。

「君がいけないんだ・・・君があんな男と付き合ってあっちの物になろうとするから・・・、だけど今日からは違う。今から君は永遠に俺の物になるんだ。そう邪魔されず、ずっとだ。」

男がそう言い終わるとナタが彼女の首筋を狙って鈍い光を放った。

 

 

第1章

 

1988年、7月10日、浜本明久は頬杖をつきながら高校の授業を受けていた。授業中、彼は窓際の席で講師の話を聞かずノートに落書きばかりしている。窓から柔らかな風が吹き込み、カーテンが左右に揺れた。

ふと外を見やると、晴天にさらされた、グラウンド、それを囲む柵の後ろに田園畑でんえんばたけがあった。この村、天野川村は夏になると、テレビでも取り上げられるほどの魅力的な自然風景が見られるとして有名な場所で、その一つが田園畑でんえんばたけだ。若葉色の稲穂が風に呼応して、一斉にたなびく様は、緑が豊富な田舎をよく表している。

グラウンドには、野球部の部員7人ほどが外周を走り回っているのが見えた。澄み切った青空の下、汗ばんだ白い服を重そうに着た、部員達の掛け声が地面から空へと響き渡る。柵に掲げた『目指せ甲子園!』と書かれた横断幕をバックにしたその光景は、まるで野球漫画でよくある青春のワンシーンのように見えた。

彼は鼻で笑った。あんなことをしてもどうせ甲子園なんて出れるはずがない。天野川村高校野球部には部員が少ない、直近にあった他校との練習試合でさえ助っ人にバトミントンの部員を登用する、弱小野球部なのだ。

毎日同じようなことをしてても才能のあるやつには敵わない、たとえ一生懸命にやったとしても結果は変わらないことを。彼はよく知っていた。だから球を打ったり、取ったり、走ったりする一連の動作が青春の瞬間であると嘘をつき続ける世の中全体を笑ったのだ。無駄なことをして何になるのだろうか。

その時、授業を行っていた初老の講師がこちらを振り返り、よそ見をしていた浜本の机まで来て教科書を束にして頭を激しく叩いた。

「浜本!お前、もう少し授業に専念せんか!未来のこと考えて行動しろ!」

将来のことなんて今考えてどうするんだ、と内心毒づく浜本は頭をさすりながら講師に頭を少し下げて謝る。

「すいません、すいません。今日はとても天気が良くてつい外の景色にみとれてしまって。次からはちゃんと授業を受けるように心がけます」

「次はないぞ!次やったらグラウンド10周してもらうからな!覚えたら、早く授業に戻れ!」

講師が教卓に帰る際ッチと舌打ちし、浜本はそれをいつもの事のように処理してノートに落書きを始める。講師が突然浜本の方を振り返りその落書きを発見してしまう。だが、その事と授業をさらに滞らせる事を天秤にかけ、眉間にシワを寄せただけで手で授業に戻れと彼に合図した。彼は少しため息をつき、簡単に勉強し始めた。講師は咳払いして授業を再開する。

「ごほんっ、では授業を開始する。次に出てくる鎌倉幕府が成立したのは一般的に1192年と考えられているが、これは頼朝が征夷大将軍に任ぜられたことを成立の基準に考える見方であり、異なった見方によっては成立の時期は異なってくる。これに関して歴史学者の林屋辰三郎が言うにはー」

 

「ーこのように歴史は様々な事象が交互に干渉して成立していることから、学ぶ者は歴史を一つの見方のみで覗くのではなく、他方の見方を取り入れることを意識することによって正しい歴史認識をつくるのだ・・・以上で全ての授業を終了とする、夏休み、楽しめよ!」

その時、5限終わりのチャイムが学舎、グラウンド、体育館、そして外の田園畑でんえんばたけに響き渡った。そのひとことを待っていましたと学生達は一斉に立ち上がり、生徒の礼という言葉で授業は締めくくられた。

ドアが閉められたのを確認すると、クラスにいた学生達はおのおのに立ちあがっては歓喜の声をあげる。女子同士で涙ぐみながら抱きついていたり、3〜4人の男子がこれからの予定を立てていたり、はたまた先ほど授業していたノートをゴミ箱に投げ込んでいる者さえいる。

騒然としたクラスの中、目の前の席の友人がこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべて口を開いた。

「今日、ハマちゃん、暇?」

「別に用事はないけど、なにかあるのか?」

「いやさぁ、これから長い夏休みが始まるじゃん」

「あぁそうだね」

浜本は聞き流しながら授業道具を片付ける。

「俺はこの夏で絶対に彼女を作ろうと計画してるんだけどさ、今度の候補としては水上 梓みずかみあずさあたりを狙おうと思っとるんよ」

「あぁいつも図書室でメガネかけて本を読んでる、おとなしめの娘ね」

「そうそう、その娘。偶然通りがかりに見たときのあの横顔が忘れられなくって。今でもあの姿を思い出すだけでここの所が熱くなるんだよ」

彼はそう言って自分の胸のあたりを指差す。

「これが一目惚れってやつなんかな、でもさ、俺ってシャイじゃん?女の子の前だとなんだか恥ずしくなっちゃうんだよ」

「あぁ確かにね」

この友人は島谷晃しまたにあきらと言って小学校以来の友達だ。彼は柔道部に属していて、日々の筋トレで手に入れた筋肉粒々の身体を武器に様々な大会で優勝を勝ち取っている。

最近では全国高等学校柔道選手権大会でタイトルを得たらしい。だがその容貌と違って中身は純真チキンそのもので男子と話すときは問題ないが、女子を見ただけで茹で蛸のように真っ赤になり身体が硬直し、まるで大きな石像になってしまう。これで何度か女子との恋愛に失敗している。

顔と性格は悪くないのだが。

「でな、ハマちゃん、お前あの神社の噂は知ってるか?」

「あぁ裏山の墓地近くにある錆びれた神社のこと?噂のことは聞いた事はないけど」

「実はそこの神社では久留種神を祀っているらしくてな、その久留種神ってのは天野川に住んでいた神聖な大蛇のことなんだってよ」

「お前って変な所でオカルト話が好きだよな」

晃は浜本の話を無視して話を進める。

「で、その久留種神ってのは拝殿の前で人形を供えて参拝するとなんでも願い事を叶えてくれるらしい」

「それは気前がいい神様だな、で、シマちゃんは何か願いごとが・・・水上さんのことか」

「あぁ、もう昨日のうちに俺は人形を供えて行ったんだ」

「だったら良いじゃないか、この話の先が見えないな」

「ここからが本題さ。今回は外したくなくてな、ハマちゃん。お前とは長い仲だ。そこで今生の頼みなんだけど」

「あぁ言ってくれよ」

「放課後に水上さんに代わりに告白してはくれないだろうか!?」

「は?」

「いやー神社で願いごとを言ったんだけど、最終的に告白するのは俺だったってのに気づいてな・・・それでお前に」

浜本は収納する手を止めて教室の時計を見て考えるようにして一拍置いて言った。

「ごめん、やっぱ用事あったわ、他を当たってくれ」

そそくさと帰る準備を始める親友を見て晃は目を丸くして口を開ける。

「なんでだよぉー!さっきまで用事ないって言ったのにさぁー!俺の今生の願いよりも大切なことなのかよー!」

彼は自分の椅子から浜本の机に乗り出して、強引に説得をし始めた。浜本はそのことに顔をしかめながらも高速でカバンの中に授業道具を放り込む。

「いやぁ、今日って法事の用があって隣町に行かないといけないんだったってのを思い出してね、あぁ無理だったわと思ったわけで」

「絶対に今、考えただろそれ!」

「いやぁ、違うってぇー」

すっかり茹で蛸になった晃を尻目でニヤリと笑う。

「本当のことを言ってくれよぅー!ダァーリィン!・・・うん?・・・なんだこれノートに何か描いてあるぞ・・・」

晃は浜本の机に広げられたノートを手に取る。そこには歴史の板書の外側に、一人の女性が鮮明に描写されたイラスト、そして一本傘の間に狭苦しそうに二人の名前が小さく書かれていた。

「浜本・・・。お前、まさか・・・!あの娘と・・・!」

彼は言い終わる前にノートを乱暴にひったくりカバンの中に押しやって、

「それじゃっ夏休み楽しめよ!」

と一言残してクラスを飛び出した。廊下で屯っている親しげな学生達のそばを駆け足で通り抜けていると、大きく叫ぶ声が聞こえ振り向くと、遠く後方からこっちの方へ追ってくる晃の姿があった。

「お前、羊草さんと付き合っていたのかよ!この裏切り者がぁ!」

浜本はヤバいと思い、はやる気持ちを抑えながら全力で玄関まで走った。

 

同日の放課後、陰で見守る形で、代わりに後輩の井手が水島さんに告白したらしいが、その結果はより一層赤く腫れた本人の顔に書いてあったらしい。

 

 

第二章

 

浜本は急いで靴を履き替えると外の校門まで走った。そこには女の子が門の側で髪をくるくると弄っている。彼が走りながら彼女の名前を呼ぶと笑顔で返してくれた。

「羊草さん、ご、ごめん、少し遅れて」

島谷の追っ手から逃げた浜本は走り疲れてしまい、膝に手をついて肩を上下させている。彼女は少し猫のように蒼い瞳を見張って驚きつつも、笑顔でゆっくりとした動作で言った。

「いえ、私もここに来たばかりなんです。」

「そ、それは良かった・・・」

「明久くん、大丈夫ですか?随分と息を切らしているようですが、何かありましたか? 」

「いや、大したことではないんだけどー」

息を整えて駅へと繋がる道を彼女と並んで歩きながら何があったかを説明する。彼は手や足をオーバーに使って晃とのやり取りを面白おかしく伝えた、もちろんノートの落書きのことは伏せて。

「ーで僕は言ったんだ『それじゃっ夏休みを楽しめよ』って、そしたら島谷が鬼のような形相で追いかけて来てさー」

「島谷さんには悪いですが、とっても面白いです」

そう言って彼女は口に手を当てて、黒髪を風に靡かせながら少女のようにくすぐったそうに笑った。

彼女は羊草一華、同じ学校に通う1年生の後輩だ。一華は家庭科部に属しており、週に一度、簡単な裁縫や自作のお菓子を学校の生徒に振舞っている。腕前はあまり良くないが、柔らかな性格と天真爛漫な笑顔で部員達や学生達を和ませている。そんな彼女と出会ったのは浜本が属していた美術部で展覧会を開いていた折のことだった。

 

 

「浜本先輩の絵、とっても良いですね」

彼女は受付カウンターでそう言った。

「あぁ、ありがとう、ちなみにどこらへんが気に入ったの?変哲もない風景画なのに」

「水彩とか油絵とか芸術とかって、正直、私、そういうのってよく分からないんですけど、なんだか、この絵なら分かりそう、そう感じるんです」

「曖昧だね」

「すいません、平凡な感想しかできなくて」

「良いよ、別に」

「あの、浜本先輩、今度の金曜日って空いてますか?」

「うん?別に暇だけど、どうかしたの?」

「最近、行きたいところがあるんです。そこに一緒に行きませんか?スケッチブックを持って」

 

人から作品を褒められるということが彼の人生の中で初めてのことであったため、それからというもの彼は頻繁に作品を描くようになり、授業が比較的すぐに終わる毎週金曜日には様々な場所に連れ出して、写生して見せるのが彼の小さな喜びになった。

浜本は羊草が自分の話に夢中になって口角が上がってゆく様を心地よく感じた。話をしている間に住宅街に入ったようで人の往来が多くなってくる。彼女は浜本を追い越して大きく口を開き振り返った。

「それで、今日行く所はどこなんですか?」

顔が見られないように少し空を見上げて、少し渋るように彼は言った。

「隣町の、小さな屋敷に行こうと思ってるんだ」

「あ、雑誌でよく紹介されている有名なお屋敷ですか?確か、県庁の近くにあるらしいですが・・・」

「なんだ、知ってたんだ」

「わたし、中学を卒業してから父の転勤でこの県にやって来て、どんな物があるのかなと思って調べていたんです、ええっと、仁高閣でしたか」

「うん、今日はそこに行こうと思っているんだ、ほら天気も良いし、風も穏やかだし」

そう言って曇り一つない青空を指差す。

「仁高閣で写生するんですね、少し楽しみです」

まるで遊園地に行く子供のようにニコッと頬を赤らめ軽やかにステップを踏んだ。

 

 

第三章

 

そうこうしていると、あるアパートの前で掃除をしている20代ごろの健康的な体格の男性が目に入ってくる。目の前を歩いていた羊草も気付いたようで、手を振りながら駆け寄って挨拶した。

「赤松さん、こんにちは。今日は良いお天気ですね」

赤松と呼ばれた男性は顔を上げて箒を止め、頬の筋肉を緩めて微笑んだ。

「こちらこそ、一華ちゃん、こんにちは。うん、今日は気分も良くてね、今朝から掃除していたんだ」赤松は軍手を外した大きな手で彼女の頭を優しく撫でる。

彼女はくすぐったそうに目元を緩めて笑った。

彼の名前は赤松武。一年前に勤めていた会社を辞職し、この天野川村に引っ越して来た。若年にして清掃会社[赤松ニコニコ・クリーニング]を創設し、100の雇用を抱えているやり手の社長である。

その性格はアクティビティで、休みの日にはボランティア的に天野川村を掃除することを日課にしている。その柔和な顔と人の心を読み取る能力に功を奏してか、周りの住民との関係は円満でいつも彼の周辺は笑顔で絶えないという。

浜本はそんな彼に対して才能がある奴と敬遠しつつも、その業績を認め、目標にすべき兄または大人として、その存在を許容していた。

「それで今日は二人してどうしたんだい?学校終わりにどこかに一緒に行くのかな?」

彼女と話をしていた赤松が急に話題を振ってきた。

胸中に溜めていた溢れんばかりの感情に針を立てられたようで内心狼狽しつつも、冷静かつ迅速的に胸の前で手を左右に振って否定する。

「違いますよ。これはただ、写生しにB町に行くだけです。べ、別に羊草さんとはそこで会って二人で行くことになっただけです、デートなんかではないんです」

赤松はアッハッハと口を大きく開いて笑う。

「いや別にデートって決めつけたわけじゃないよ、ただ聞いてみただけで」

「いいえ、デートなんかじゃないです」

「そんなに否定しなくてもいいんだよ、今はそういう年頃なんだから」

「違います、僕はただ、絵を描くことに重きを置いているんです、恋愛にかまけている暇なんてありません」

「それでいて一華ちゃんと写生しに行くのかい、それは変じゃないかな、絵を描く際、彼女は邪魔になるんじゃないかな、ほら君って意外と神経質だから」

「僕は写生するときは誰かと喋りながら絵を描きます、その方が自分の世界にのめり込まずに正確にデッサンすることが出来るんです。別に羊草さんと、じゃなくても、あと、神経質は余計です」

「君が描いた作品が美術展に出されているのを見たよ、君は建築物をよく描いているね、そしてその作品にはある時期を境に必ずといって同じ女性が登場する。それはよく見ると誰かによく似ている気がするんだ」

「その事は今のことと関係ないじゃないですか。ぼくの作品に描かれている人物は誰かの空似じゃないですか?ほら、赤松さんは社交的で会社を経営していて顔が広い。そしてよく県外で小さな講演会を開いている。それに出る参加者の顔を偶然覚えていた」

「大学で心理学を専攻していた僕にとっては汚い手だとは思うけど、実は、イギリスのキングダム大学のフェルナンド・トールマン氏によると人は一度見た顔は絶対に忘れない、これはヒトが過酷な環境を生きるために進化してきた結果、ということらしい」

浜本は遂に覆しそうにない学術的証拠を出されてしまい、言葉に窮する。

「・・・・・・・・・・・・」

「他に言い訳はないかい?」

赤松もその雰囲気を感じ取る。

「もうそろそろいいんじゃないかな、本当のことを言っても」

「デートなんかじゃありません」

「それは本当のことかな?」

「えぇ、本当です」

赤松は一瞬彼が目を逸らしたのを見逃さなかった。

「へー・・・・」

「・・・・・・・・・」

二人の間に重い沈黙が漂う。

「君の顔によく書いてあるじゃあないか」

そう言った赤松の目はどこかで見たものだった。

 

第四章

 

浜本は羊草と仁風閣にやって来た。A県、天野川村の隣町のB町にあるフレンチルネッサンス様式の西洋館。1907年、天皇の行啓時の建物として県庁の近くに建設された。夏の煌々とした光に照らされた、向日葵型の家紋が西洋建築様式に沿うようにその存在感を放っていた。

「浜本さん、これはどうでしょうか?」

彼女はそう言うと木造の螺旋階段のそばへと走り寄って行きその階段を上がってみせる。浜本は少し逡巡して

「この螺旋階段は良いね、綺麗な曲線美を描いている」

「ですよね。明治ごろの生活が良くわかります。当時の天皇様やその家族たちはこの階段を上がって二階に行ったんでしょうね。あっ、ここに細かいところになにかあります」

浜本も寄って確認する。

「ほら、ここに書いてあります、子供の名前でしょうか」

「あぁ本当だ」

「とても素敵ですね、自分の建物に名前を掘るって。随分と親御さんは子供たちのことが好きだったんでしょうね」と彼女は優しく微笑んで、刻まれた箇所を優しく撫でる。

浜本は羊草の横顔をずっと眺めていた。

 

時間が経つのを忘れてそうしていると。

浜本は立ち上がって言った。

「今日のデッサンはここにしようか」

「そうですね、ここなら良い雰囲気ですし・・・えっとここでいいでしょうか」

「そこより少し右のほうかな、そこで自然なポーズを取ってもらって」

「分かりました、こんな感じでしょうか」

羊草は螺旋階段で下の段に降りていく最中のポーズをとって見せた。

「うん、そうそうそんな感じ、楽な姿勢になってもらえる?」

浜本は指で構図を図りながら確認した。

「じゃあこれで大丈夫そう、時間が掛かるから出来るだけ早く済むように終わらせるよ、もう少し待ってて」

羊草は目元を緩めて言った。

「私は大丈夫ですよ。絵が出来たら見せてくださいね」と微笑んだ。

 

 

第五章

 

太陽が傾き始め、周りが狐色に染まって来た頃、二人は家へと帰っていた。

「仁高閣・・・とっても綺麗でした・・・」

「うん・・・」

「西洋風のお屋敷って少しお堅い感じがするのかなって思ってたんですが、・・・やっぱり、どんな家にもいろんな歴史があるんだなって感じました」

「・・・そうだね・・・」

「あっそうだ、浜本くん、仁高閣の絵、見せてもらいませんか?どんな絵になっているか見てみたいんです」

浜本はカバンの中にあるスケッチブックを見やって、少し渋る。しかし、決心してスケッチブックを広げて見せた。

「・・・どうぞ・・・」

「うん、ありがとう」

羊草はスケッチブックを開くと、喜んだ後、少し顔を赤らめ顔を下に向く。

スケッチブックには階段を一緒に降りながら談笑している二人が描いてある、一人は羊草、もう一人は

「・・・・・・・浜本くん、ですか?」

浜本は顔を真っ赤にするが、しかし、はっきりとした口調で言い放った。

「羊草一華さん、あなたのことが好きでした。これ受けとってください」彼はカバンからプレゼント袋を取り出した。中身には小さなペンダントが入っていた。その形は小さな三日月をしており、夕焼けに溶けてオレンジ色に染め上げられる。

羊草はゆっくりとした動作でそのプレゼントを受け取った。

「・・・すこし、びっくりして・・・今、何を言ったら・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・返事は、今はできません、だけど・・・・・」

羊草は一呼吸置いて呼吸を整える、その音は浜本にも波紋のように伝わった。

「明日、明日7月11日、その日の9時、朝の学校裏で」

彼女はそう言い残して走り出してしまった。浜本はその背中を眺めながら内心ガッツポーズを決めた。プレゼントを受け取ってくれたということは脈ありって考えてもいいんじゃないかな、だとするとその後は・・・キス・・・とかするんだろうか・・・昨日のドラマみたいに二人は夕焼けを背にして唇をーー。頭の中は羊草さんの妄想でいっぱいになってゆく。あること、ないことが頭の中に駆け巡り、ピンク色の幻想を見せていた。そんな折のことだった。

 

「ブオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン!!!!」

白塗りの車が黒煙を吐き出しながら曲がり角を右折して住宅街の中に入ってきた。浜本は突進してくる車に幸い気づきすんでのところで回避することが出来たが、思い切り避けたせいで膝を怪我してしまう。車は猛スピードを維持したまま住宅街の狭い路地を駆け抜けて行った。

浜本はあまりにも急な出来事に虚を突かれ、頭の熱を冷やした。

・・・はあー。危なかった。あともう少しのところで轢かれていた、しっかりしないと。彼は肺いっぱいの空気を吐き出して、体の筋肉を緩める。

 

相手は奥手な性格の羊草さん。簡単にこんな僕にOKする人でもないんじゃないかな。でも・・・もしかしたら・・・。浜本は首を振った。いや、今考えても仕方がない。つまりは明日。明日、明日になれば、結果はわかるんだ。

浜本はそう決心すると、血が出てしまった膝をいたわりながら自分の家の方角へと足を進めた。

 

 

第六章

 

11日の真夜中、A県の山中にて赤いランプが明滅していた。複数のパトカーが小さな道を塞いでいる。何人もの警察官が黄色い規制線の先で屯っていた。

その中、ある刑事がやってきた。

刑事は警官に話しかけた。

「何が起こったんです?随分と慌ただしいようですが」

警官は振り返ると少し驚いた風だったが即座に渋い顔して言った。

「榊原刑事、お疲れ様です・・・・・、嫌な事件ですよ、まったく、これから夏本番っていうのに」

「その嫌な事件というのは、______まさか殺人事件ですか」

「ええそうです。しかし、通常の殺人事件ならまだ良いんですがね、今回の事件は少し特殊性を帯びてましてね・・・」

「特殊性・・・ですか・・・」

「ここで話すのも何です・・・見てみればわかります。さぁこちらにどうぞ」

「えぇ、失礼します」

規制線をくぐり警官の元へ行く。その場所が開き、現場が良く見えるようになった。

「こちらです」そう促された榊原は現場を観察した。

「これは・・・・バラバラ殺人ですか・・・・」

警官は青白い顔をして頷いた。

「・・・・・被害者は羊草一華。スカートのポケットから天野川村高校の学生証が発見されています・・・」

天野川村高校の名前を聞いて眉をひそめる。

「事件発生は鑑識から4時間前、22時とのことです」

「そうですか」

そんな折に新人警官がやってくる。

「榊原刑事、病院に数時間前まで被害者の女性と会っていたと名乗る高校生がお目見えになっています、ですが、彼女が死んだと聞いて随分と取り乱しているようで」

「分かった、すぐ行く」

「お疲れ様です、この事件が片付きましたら、一杯いきませんか?少し胸がムカムカしてしまって」

「ええ同じ気分です。その時にはこっちの相棒も呼んで、いつもの飲み屋でやりましょう」

榊原はそう言い残すと現場を後にした。

 

 

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